べべんべん

「女の人生を変えるのは大抵恋か仕事です」

というコピーを昔見て、

そのころはそんなもんかと思ってた。

まさか自分が仕事をして、しかもすぐに辞めて次を捜すようになるとは、

その時はもちろん思っていなかった。

震災で人生を変えざるを得なかった人もいるだろうけども、

それはイレギュラーな方。

なんで恋か仕事かなんていうかってええと、

最近はまってる落語が、恋か仕事(カネ)のせいで物語が展開するから。

 

怪談乳房榎』が8月納涼歌舞伎で見られるので、予習に落語で聞いてたら、

ついつい他のも聞いてしまって、

圓生がやる圓朝のを聞いてます。

『真景累が淵』という長編を聞いてたら、

なんとびっくり、半端なところで終わってしまった。

それで、そうだった!桂歌丸が全編やったってCD出てた!と思い出して聴いたりして。

 

圓朝は江戸生まれで明治に活躍した噺家で、

創作でも有名、

その創作落語が速記として新聞か何かに載った文体が日本語の近代化である言文一致体に影響を与えたと言う点では日本文学史上でも重要人物。

有名な『牡丹燈籠』や『文七元結』『乳房榎』『死神』『黄金餅』『芝浜』の作者でもあるという。

 

で、聴いたんですけども、

鉄砲を撃った人が誰だったかは分かってすっきりしたんだけども、

終わり方が急すぎる。

どうやら物の本ではまだまだ続くらしい。

と、ここで『真景』がどんなはなしかと言いますと、

べべんべん

ひとことで言うと、人を殺しては不幸になってまた人を殺すという話。

ちょっと登場人物が多い。

金貸しが侍に殺されて、侍は死んじゃう。

金貸しの娘①が侍の息子①に殺されて、息子①は死罪。

金貸しの娘②が侍の息子②(主人公)に惚れて自殺する際に祟ってやる!としたせいで祟りがスタート。

息子②は惚れた女と田舎に引っ込むと、途中でこの女を鎌で殺す。

殺しを見られてたので男に脅されて義兄弟になって田舎に落ち着く。

田舎の有力者の娘に惚れられて婿になるが、ちょくぜんに顔に大やけどをしていた(これが祟り)。

田舎に偶然、昔を知る女オシズがいて、深い仲になると、本妻が邪魔になって生まれたての赤ん坊を殺すと本妻は鎌で自害する。

なんだかんだで(覚えてない)殺しを見ていた男を殺し、

本妻の兄も殺す。

オシズと共に逃避行してると、偶然にもオシズの母に会い、息子②とオシズは腹違いの兄弟であると知ってしまう。

散々殺すだけ殺し散らかしておいて、「ああ、俺は畜生道に落ちた」と言って、鎌でオシズを殺した後、自害する。

というのが、歌丸の落語までの話。

でもこの先もあるらしいんだけど、このあとはあまり祟りでもないらしい。

 

まあ、じゃんじゃん殺すわけですよ。

気が立っては殺し、惚れては殺し、金が欲しくては殺し、口封じにも殺し。

人生を変えるのは恋と仕事かあと思い出してしまった次第。

思い出すのは『復讐するは我にあり』でした。

これもまあ殺す。

でもどっちかっていうと金だけ。

そして一人で殺しまくる。

 

怪談と題にあるからてっきり、ユーレイ、おばけ、ひゅーどろどろな話かと思ったら、

人って怖いねって感じでした。

『牡丹燈籠』もそう。

最初のところは、イケメンが女に惚れられて、女が死んでからは幽霊になって会いに来るっていうひゅーどろどろなんだけど、

「おふだはがし」って回は、金ほしさに魔除けを盗むっていう話。

 

妙な面白さがあったのが、

『梅若礼三郎』。

芸から芸を作るようじゃ駄目だと、偶然に会ったおばあさんに言われて、能役者から義賊へ転身を遂げた男のせいで起こる話。

隣家が義賊に貰った金をしまってるのを知った男。盗んで豪遊すると、

捕まる。

捕まると、ゲロするから、隣家の妻が捕まる。

その一部始終を聞いた礼三郎、俺が犯人だと言ってその人を助けると言って終わる。

んー、そのタイトルでいいのかという。

面白いですね。