モーフィアスが出てきた

映画『ボビー・フィッシャーを探して』を見ました。

天才チェス少年ジョシュの7歳の話。

チェスを始める→スランプ→克服してライバルに勝つ。

という流れで、

メインは少年を取り巻く大人の愛。

ボビー・フィッシャーというのは歴史に名を残している天才チェスプレイヤーで、

奇行でも有名。

チェスの才能がある子供は「若きフィッシャー」「第二のフィッシャー」とか言われるくらいに、子どもチェス界とそれを取り巻く大人たちにとってもフィッシャーの存在は大きい。

でもそんなふうに言われる子供にチェスを教えたりささえてる周りの大人は厳しく教えたり、

勝つための心構えとして「敵を軽蔑しろ」とか言ったり、

チェス以外させないとか、

チェスで勝たせるための人になってしまってて、

親であること、子どもに愛を注ぐことを失念してしまいがちですよね。

それでジョシュくんは「負けたら父から愛されなくなる」「だったらいっそ決勝よりも前で負ければいいんだ」となっていく。

そしてチェスは楽しいものではなくなっていく。

でも大人たちがハッと、やりすぎやったんちゃうか、子供らしい遊びをさせることも大事やで、

勝たなくても、いやむしろ、チェスやめてもお前は大事な子どもなんやで、

好きなら続けてもええわ、

無理にさせてなかったストリートチェスも好きならさせるわで、

ジョシュは持ち直していく。

 

何と言っても主人公の男の子が可愛い。

あと、優しい。

悪役っぽいチェスのコーチが「勝つためには敵を軽蔑してかかれ」と言ってて、

生き馬の目を抜く現代社会でサバイブするにはそれしかないよなと納得してしまうが、

ジョシュのように優しい私には難儀な話。

 

天才少年の実話らしいですが、天才だから浮世離れした話だけど、フィクションとしてはもうひとつ広がりがほしかったような気がしないでもない。

期待し過ぎてしまったが故の物足りなさ。

 

少年の話だけになりそうな話だけど、親の改心と愛に重心があるので人間ドラマになってますが、そうなると今度は改心がメインなので大人たちが一面的になってしまいがちなのでは?という気がしないでもないが、

そこで母が不倫してるとか、コーチが元IRAの闘士だとか、モーフィアスがテロに巻き込まれるとか、そんなのが入ってきたらメチャクチャよね。