落語が好きです

久しぶりに寄席に行きました。

浅草演芸ホール

すっごく楽しかったです。

初めて行ったのも浅草演芸ホールの、落語協会のときでした。

仕事を辞めてどうしたもんかとふらふらしてたときに、

噺家になるはずの友達がまだならないので、どんなもんかと見に行ったのでした。

 

そのときに初めて文菊師匠のヤカンを聞いて、

どんな内容か知ってはいたのに、爆笑して、ファンになって、

そうだ、噺家だ!と思ったんだった。

それ以来、寄席に通ったり、独演会や二人会に行ったりしました。

で、噺家だー噺家だーと思いつつも、今ひとつの度胸が出ずに結局就職したんですが、

なんと就職したつもりが雇用形態がバイトで、

転職サイトではバイトなんて一言もなくて、

どうしたもんかと思いつつも取り敢えずバイトしてて、

でも考えます。

噺家になりたいのにこれを続けるのか?とずっと反芻してます。

愚痴を聞いてもらおうとしたら、そういうもんだからちゃんと仕事しろと言われ、

ウーンという不安定が違う形の不安定になりました。

好きこそものの上手なれとか、言いますが、

好きじゃねえんだな。

 

まさかこんなに落語が好きになると思ってませんでした。

寄席の雰囲気も好きです。

落語の何がいいかって、いきなり終わるとこです。

と言っても、落語と一口に言っても、実際は様々なもんで、

宗教とか小説とかって定義がしにくくて、

いざ全部を含める定義をしようとするとぼやぼやし過ぎて意味が無いように、

落語も定義するとするなら、

高座で正座で喋る面白いこと、くらいになっちゃうんじゃないかと思いますが、

それはそれ、これはこれ、

確かに一番好きなところは、面白いところです。

だから面白くないのはあんまり好きじゃないです。

これは別に怪談とかの芝居話を面白く無いと指してるわけではないです。

むしろ怪談とか芝居話の方が好きです。

ストーリーが好きなのと怖い話のときのぞわぞわするのがたまらんです。

稲川淳二とかテレビとかの怖い話だったり、怖い映画は好きではないです。

現実味があるからなんだけど。

食わず嫌いですけどね。

でも、落語の怪談は恨みがあって初めて怖いじゃないですか。

恨みなしの無差別ってない。

だから安心して怖がっていられるんだと思う。

あと、人が殺されるとこが好きです。

落語ではカネ目当てでよく殺されて、当たり前だけど途端に喋らなくなる(からいいのかな)。

殺される理由が持って回ってないのが良い。

愛ゆえにとか、実は、とかがなくて、もの凄くソリッドに明快。

 

いや、一人で全部やってるのが好きなのかも。

道具無しで、喋るだけで完結させられるのが好きなのかもしれない。

笑わせるもので、芸に伝統があるから好きなのかもしれない。

面白くない(オモシロすぎない)ものがあるのも好きだし、

洒落があるのも好き。

 

明日もタダ働きしに行くのかなあ。

それでも一生懸命、迷惑かけずに働けと言われて、

倫理的にはそうだよなと思います。

働くというか、こき使われるだけなんだけどね。

 

文菊師匠のやかんを初めて聞いた日以来ずっともう一度聞きたくて、

でも来場するのが遅れたからチラシの順番だととっくに済んでるから聴けないのかと残念がってたら、

仲入り後、「文菊」という名前を見つけたときに、はあああああああっと声が出て、

上体ごとゆらゆらと歩く師匠の姿が見えるとバタタタタタタと手を叩いてしまいました。

そして話が「やかん」だとわかった瞬間に涙がすーっと出てきて、

おかしかったです。

血が入れ替わったみたいに恢復した気分でした。

今度こそ噺家だと思いました。

 

入門しないとずっと呪われたみたいになると思う。

正月だから初詣セットをしん平師匠がやってて、

お願いをして下さいというときに最初に思い浮かんだのが「結婚」だったけど、

相手も機会も権利もないし、

ちゃんと生きようと「噺家になります」と唱えました。