ヒグラシって題だとすると

『ガラスの靴』の良さが分かりません。

村上春樹が読み解いてるんですが、

それがかなり恣意的に思われて、

そんな話か?と思ってます。

しかし、どんな話かと言われると、ぱっとしない話なんですけど、

いろいろ調べてるともともとは「ヒグラシ」って題だったんですってね。

悦子が鳥だと思ってた、夏の終わりに鳴くセミのこと。

ヒグラシって題だとすると

①夏(休み)の終わりの象徴でもあるし、

②作中では悦子が鳥だと思ってた生き物で、

③それを聞いて主人公は悦子がおかしな人だとわかって惚れるキッカケにもなっていて、

④更には、惚れたせいでだんだんいるような気がしてきた架空の生き物だから、

題名としてこっちのがわかりやすいんですが、

「ガラスの靴」だと、

ガラスの靴って「シンデレラ」のストーリーからすると

「楽しかった時間が幻ではないと証明する唯一のもの」であり、

「幻を現実化する手がかり」ってことだと思いますが、

ちょっと作品の流れとは違いますよね。

降って湧いた楽しい時間が不意に終わりを告げられたけど、

運良く遊び期間がちょっと伸びた、ヤッター!あの女と結ばれよう!「そんなつもりじゃないです」

おしまい

って流れだと思うので、

何がガラスの靴なのかいまいち納得いかない。

もちろんちゃんと、大佐が日光に行ってる間の二日間をさしてガラスの靴と呼び、

ちゃんと「失われたすべてを呼び戻してくれるもの」と説明までしている。

というか、呼び戻されて楽しく暮らしましたってえんなら、

そしてもっとこの二日間にページが割かれてるなら「ガラスの靴」で納得できるんだけど、

呼び戻すはずが、「そんなつもりじゃない」で終わっちゃうじゃないですか。

ガラスの靴履かせてみたら、「勝手に好きになられても困るんですけど」と言い捨てられるみたいな。

そんでうじうじエンドですからね。

「ヒグラシなんて鳥いなかったんや」って終わってるように思えるんですよ。

だから「ヒグラシ」って題なら、この小説が(まだ)分かる気がします。

で、仮に「ヒグラシ」て題だと今度は、

ひょんなことからちょっとおかしな女の子に出会った僕、二人の奇妙な共同生活が始まり、ヒグラシの声を機に距離は縮まっていくがそんな特別な夏にも終わりは近づいていた…

って話に読めます。

というか、私はそう読んでます。

勿論、論文によくあるようにGHQがとか戦後がとかの社会的な背景は勿論分かりますが、

大筋はこうでしょう。

となると、今度は村上春樹の解釈がわからないんですよ。

現実から逃げたい僕は、現実からずれている悦子を追いかけるが、追いつくことで自分という現実に捕まれば悦子もまた現実になってしまうため、追いかけることが重要であるみたいな話になっていて、

そんな形而上学的な話か?「現実」なんて考える必要あるか?と不思議なんです。

まったく見当はずれとも思いませんが、

そういう読み方にたどり着くまでに、3つくらい段階があるように思われるんです。

数学の問題で証明する際には全部の計算を書かなくて良いように、

テクストと解釈の間が、恐らく高尚に自明すぎるんでしょうね。

小説を読むことさえ向いてないのかと思っちゃう。

 

小説の解釈といえば、

このまえ漫才コンビのニックスのネタを寄席で見たんですよ。

「蜘蛛の糸」って芥川の短編知ってる?みたいなネタで、

オチが、妹が知らないふりしてたけど全部知ってたってものなんですけど、

「自分のことばっかり考えてると地獄に落ちる」だか、そういう教訓めいたことが書いてある小説なんだと言ってて、

(教訓まで言うのは元ネタの今昔物語集だろう。仏教説話と近代文学は違うんだよナア)

なーんて偉そうに思ってたんですが、

児童雑誌に発表されたものなんでこれは全くの教訓話ですね。

そして今昔物語集じゃないんですね。

ニックスさんごめんなさい。

 

そうそう、さらにその「ガラスの靴」ですが、

そこまで面白いか?ってのがあるわけですよ。

戦後に発表された小説が、二〇一五年に古臭さを感じずに読めることが素晴らしさでもあるのかもしれませんが、

それはそれこれはこれ。

面白いものとしてどうなのかなと。

そして結局、面白さがぴんときませんでした。

 

やったー!正社員だ!と思って職場に行った初日、

「今日から入った、バイトの」って紹介された瞬間に自分の雇用形態を知ったんですが、

今は「おめえなんで正社員になんねえんだよ!ふざけんな」とせっつかれ毒づかれています。

たぶんバイトで入ってなかったら何となくそういうもんかなって働いてたと思うんですけど、

勝手にバイトにされてて、しかもかなり時給安い上に、勝手にタイムカード切られてサービス残業まで強要されてて、

おまけにつまんないときてる。そこが一番の問題で、

こんなことは非常に倫理的にどうなんだと思いますが、

くっだらねえと思ってます。

くっだらねえといっつも思ってます。

ずっと、何が良いのかわかりません。

なんでこんな仕事が成り立ってるんだろうなって不思議。

色んな人がいるんだなあと思ってます。

社員になるかもうちょっと考えていいですかって言ってんのに、

てめえふざけんなよって空気充満してて居づらい居づらい。

何しに来てんだコラ感と、帰ってんじゃねえぞバカ感でミチミチ。

どうするべかと悩んでるのに「どうしたいの?」とか聞いてくるやついるし。

それが今ストレートに答えられるなら社員になるか辞めてんだよ!!!!

と言わずに、質問の意図がよくわかってないみたいな反応してました。

一番どうしたいかってえと、噺家になりたいかな。

だからはやく辞めたほうがいいんだな。

あるいは、遊んで暮らしたいです。

職場のおっさんにそういうこと言われるとほんとうんざりします。

なんでなんだろ。

おっさんに言われたから辞めたいのかしら。

うんざりを煮詰めて不純物を足したようなおっさん。

俺が社会の代弁者みたいな態度でものもーしてくる。

俺は社会だみたいなえばり方で。

おっさんが嫌いなのか、おっさんが皆から嫌われてるから言われたくないのか、その両方か。

とはいえ、そんなこと言ってくる人はいないという点で珍しい。

有難いかというとまた別。

自分の仕事しかしないで周りに仕事を押し付けてるくせして、

チームワークとかどの口が言うんじゃコラと。

人に言うならできるようになってから言えよと。

なんでできてないやつに偉そうにたれられてるわけ。