暇なのが悪いんだ

仕事に少し慣れてきました。

慣れて楽になったのは良かった。

できるようになって、それでイヤに焦ることも減った。

それで良いか悪いかってええとまた難しいところ。

 

このブログでどれが読まれてるかとか、何でヒットしてるかとか、ちょっとわかったりして、その中に「死ねないから生きてる」ってのがあった。

そんなドストライクなフレーズで検索するってどんな機会なんですかね。

そんな気持ちを知りたい親御さんとかでしょうか。

実際ググってみたらば、諭すようなブログを見つけました。

読んでみるとたしかにねと納得することばかり。諭されちゃいました。

死にたいとか生きる意味がないとか考えてる人は、暇なんだってことらしいです。

あたり。

少なくとも私はたいそう暇です。

ずうっと暇。

仕事の何が良いって、暇じゃないことですよね。

忙しくて余計なことを考えてる暇ないから、死のうって思ってる暇がない。

仕事に慣れてきてるなあと気づくまでは、死のうって思ってなかったかもしれない。

さすがにそれは嘘だわ、ここ1−2週間くらいだけですね。

ちゃんとまたもとに戻ると思います。

でもほんと、暇ってのは合ってる。ドンピシャ。

暇なんだ。新しいことにも挑戦してるんだけど、どうしたって24時間は埋まらない。

電車に揺られてる間、注文してから料理がテーブルに運ばれてくるまでの間、映画のチケットを買うカウンターの列に並んでる間、エスカレーターに乗ってるとき、そんな細かい隙間から、歌いながらの帰り道まで、何なら今だって暇です。

もうずっと暇。いつからこんなに暇なんだろう。

暇じゃない日だってあったと思う。さすがにフジロックに行った時は暇じゃなかった。ただ突っ立ってるときでもソワソワしてた。

みんな忙しくしててすげえなあと思うけど、違うんですよねきっと。進んで忙しくしてんだ。ギッチギチに予定立ててんだよな。

すげえなあ。

予定なんて無いよ。来月に友達の結婚式に出るってだけだ。

ずっと一人なんだから好きなことできるんだよなーと思ってると、逆にしないよね。

今度でいっかって思ってる奴、駄目。反省。

でも特別にしたいことなんてない。気がする。

したいこと、そうさなあ。

パリに行きたいね。行って写真撮りたい。あと寿司食いたい。美味しかったから。北海道で海鮮丼食べたいね。青森で白子丼食べたい。『ゴーン・ガール』見たい。鉄を打って包丁作りたい。

そのくらいか。あと本読みたいねたくさん。小説書いてみたい。

暇じゃなくなるけどまたふっとページめくる時とか風吹いたときとか日が陰ったときとかにさ、なんでこんなことしてんだろとか、別に本読まなくなって死にゃしねえとかずううっと波が引いてっちゃったりするんだよね。

誰のためにもならないから、止しても続けても一緒。とか思っちゃうともうだめ。

暇なんだってとこに落ち着くいつも。暇なのはもう変わらない。

忙しい人はどうやって忙しくしてるんだろうか。

楽しいことがたくさんあって、でかけてんだろうね。どこそこに何てえところができたから行ってみるかとか、マザー牧場バンジージャンプをしにいこうとか。

なんもねえ。

ずっと家にいたよ。家で落語聴いてて、19時からの安いやつだけ落語を見に行きました。

今日が一日楽しかったって言ったらもう嘘だね。楽しくないよ。うわー楽しい!なんて思えない。性格もあるけどさ、これで「楽しい!」なんてやついるか?

酒でも飲んだら楽しくなんのか?楽しくなりません。わかってるわかってる。

自分から楽しんでくしかないんだよな。一般論的にもさ。

何かないか楽しいこと。

ピアノ買ったから練習しよう、練習して、帰省したときに父親に自慢して悔しがらせてやろう。それはきっと楽しいはず。

ぼけっと

カステラ作ったんですよ。

むずかしいね。

なんてったってメレンゲよ必要なのが。

人力じゃきついね。

メレンゲにしたいのかなって程度までしかできなくて、

というかそこで諦めて、作ったからか、パッサパサ。

パサディーナのオバーチャーンってくらい。

飲み物が必須。

いつも飲み物は用意してるからいいんだけど、やっぱりしっとりしたのが食べたいですよ。

こんなに難しいと思わんかった。

メレンゲにまた挑戦せねばなるまい。

 

ブルーボトルコーヒーって美味しいんだってね。

友達が豆を貰って飲んだ、ものすごく美味いって言ってて興味津々。

いきゃあいいんだろうけど、なかなか足が重い。

初めて行く店っていつも気負ってしまう。

何か一つ、洒落でも用意してあると大丈夫なんだけど、

つまりブログの記事にするとかそういう大義名分が。

一番いいのが、友達と行くってことなんだけど残念ながら友達と行けない。

それは友達が少ないからと、友達が土日休みだということ。

友達に会えないと一人遊びが上手にならざるを得ない。

本を読むとか映画を見るとか。それも勿論、新刊や壱番館じゃない、論ずるまでもなく古本とか名画座だ。

見たことも聞いたこともない本を読んで。映画を観て、一人でにやにやする。そのくらい。

「うわあああああああああ」と言いたくなるときもあれば、(そんなもんだ)と村上春樹風にやり過ごせてへいちゃらなときもありますが、やっぱり友達といるほうが楽しいと思う。

楽しいと思ってなけりゃこんなこと書かない。

最近書けなくなってきてるんですよ。メールとかもね。頭使ってないから。

友達に言いたいこととかあるわけ。

映画見て、その感想とか、そこから思い出した話、もし私が主人公だったらの妄想、レシピについて(料理が出てくる映画だった)、これから見たい映画とか、書きたいことはあるのに、書けないってなんなんですかね。

過度に気負ってしまってるのか、こんなこと送られてもつまんねんだろとか考えてんだろか。

それとも疲れてんのかな。まさかね。

書く練習にほとんど思いつくままに書いてます。ワンテーマで書けたらもっとマシなんだけどあしからず。

小説を最近読んでないからだろうか。書けないのは。

エッセイばっかりです。簡単に読めていい。

母が、疲れてると難しいのは読む気にならないと言ってたけど、ホントだね、読む気にならない。難しいの読んでる人、あなたは頭がいいか疲れてないか、偉い。

働いて金稼ぐようになるなんて思ってもいなかった引きこもりだから、いまの自分にびっくりなんだけど、そうなると今度は小説とか映画なんてなんであんのかねってくらいに接する余裕なくなるね。

余裕なくなってるけど物語を激しく希求してます。でもなかなか得られてない映画観てたりするんだけど、それがなんとなくぼやけってっちゃう。

このまえ見たのは『あん』て映画。どら焼き版の『タンポポ』かと思ってたけど映画評がどうにも人権団体系で目にするからムムと構えてましたが、やっぱりでしたよ。

ワケありげなどら焼き屋の店長のもとにおばあさんが一人やってくる。「あたしをバイトで働かせて下さい。時給200円でもいいです、手が少し不自由なんで。」困った店主におばあさんはあんこを食べさせて認めさせる。味の良さから行列ができるほどに人気になるがある日を境にパタリと人がこなくなり…。

えっ、あんこってそんなにゆでこぼすの!?知らんかったよ。とか、

働くのがそんなに楽しいか、とか、

自由ってなんだっけとか、そういうこと考えて何とも肯定的に苦しくなってしまった。

一度、きちっとあんこを作ってみたくなりました。

適当には作れるからさ。

美味しいものが作れるようになりたい。

美味しいものが作れたり、洗濯とか掃除が特異でマッサージもかなりの腕前でも、何の役にも立ちませんけどね。

DPZラジオ聞いてたら(昔のやつ)、星とか星座を知ってるとモテそうだよねって言っててそれにたいして工藤さんが「家事とかできるほうがいいじゃないですか」って言ったら三土さんが「星座とかがモテるきっかけになるんですよ」みたいなことを言ってて、

つまりさそれってジョジョで言うと、家事ができるのが川尻浩作で(してないけど)、星座を知ってるのが吉良吉影でしょ。うーん。

家事なんてできても一歩もリードにゃなりゃしないんですよ。でも星座を知ってるとモテそうなんですよ。何なんだ。絶対に星座なんて覚えてられるかと憤ってしまった。

カッとなったけど考えないで最近は生活してるからすぐに忘れてぼけっと暮らしてます。

 

卑屈も劣等感も無いみたいに

大学院の同級生たちと、少人数で飲み会しました。

前回は去年だったので、次はきっと来年。

とってもたのしかったです。

残念ながら仕事が終わるのが遅かったので、

参加出来た頃にはみんな出来上がっていて、

ちょこっとしか飲めませんでしたが、

それでも楽しかった。

なんだかホッとしました。

不思議な安心感がありました。

これが友達のいいところかト感動。

気負うこともないし、大きく見せる必要もない。

気を使って会話を選ぶこともないし、黙りたきゃ黙っててもいい。

久しぶりなので適度な距離感があって、同じクラスだった頃の面倒なプライドもない。

親密な空気と懐かしさの微熱と宴会終わりのだらけ具合が混ざって、

卑屈も劣等感も無いみたいにゆったりできました。

 

なんとか終わった

誕生日が終わりました。

誕生日が終わってほっとしてます。

 

誰にも祝福されない誕生日はけっこうきつくて、

まだ来ない、まだ来ないと期待する時間が終わって、

とてもホッとしています。

分かってんだったらそんな驚くこともないのに、

嫌なもんでしたよ。

 

嫌なもんでした。

あんまり考えたくない。

やっと終わったとホッとする割に、一日中眠ってやり過ごすのも起きた時が怖いし、

酔っ払って過ごすのもやけになりそうで、

結局、寄席に行きました。

寄席の日でめちゃくちゃ混んでて、でも内容はそこそこでした。

そういう日もある。

私の誕生日ならこんなもんでしょう。

ショック

セックスって簡単にしちゃうんですね。

職場の人達が簡単にしてて、衝撃でした。

世間知らずかよと自分を責めつつ、

また他人がスナック感覚でやりまくってる間にうじうじと文字でこじらせてて、

自分にうんざりしてます。

スナック感覚でヤる人たちとやりたいわけじゃないけど、

でも、やっちゃうんだなって衝撃。

ショックだった。

しかも言っちゃうんだね。

簡単にやるものかよ&人にヘラヘラ言うもんかよ。

ああ、そういうものだったっけか。

私が好きな人もこんな感じでやってんのかなあとショック。

やってんだろうね。

合コン行きまくってるらしいし。

やってんだろうな。

やってんのかなあ。

だろうなあ。

職場の人がやってたことに直にショックだったわけじゃなく、

それが啓示みたいに「みんなやってんだよ(つまりはあの人も)」と私を打ったんでした。

勿論、スナック感覚というのは早合点で、普通なのかもしれない。

つまり判断基準としての私にとってセックスが辿り着き難い名峰なだけで、

みんなにはハイキングかもしれない。

そんな気はしている。

仕事しながら性的な劣等感を抱えられる職場。

それよりなにより、やっぱり、あの人もやってんだなってことがショックですよね。

世間知らずなんだな。

頭ではわかる色んな価値観も、経験のあるなしで受け入れられ方が違ってくると思う。

受け入れがたいです。

狭量なようですが、有り得ない。何考えてんの、馬鹿じゃねえの、安っぽいセックスしてんのな。

別にさ、回数が多寡が質に影響するものではないし、そもそもセックスの質ってなんだよ。

でも思わずにはいられないし、言うことで自分を落ち着けたい。

言うことで落ち着けたいけども、それが単なる僻みだってのも知ってる。

自分がセックスできてりゃそんなこと思わないからね。まあそういうのもあるわいなってなもんやないかないか道頓堀よ。

羨望、僻み、劣等感、卑屈、自己正当化、疎外感。

そんな簡単にしてるもんなんだね。

ショックだった。

それだけ。

ベロベロ

バイトのおばちゃんと話してて、

ギターとベースとドラムができて、今ピアノ練習してるとこって言ったら、

かっこいーと言われたので烈火の如く反応してしまいました。

そんなことできるから駄目なんですよ!むしろそんなこと何の価値も無いですよ!だからもし子供が批評を読みだしたりギターを弾き始めたらぶん殴ってでも止めてくださいね。将来がかかってますから。是非ともスポーツをさせて下さい。きっと幸福に一生涯を終えられるでしょう。決して楽器なんかさせないようにして下さい。誰も幸せにならないんですから、楽器は駄目です。

とか言ってたら、呆れられました。

そらそうだ。

問題は楽器じゃない。

 

最近毎日酔ってます。

次の段階は、毎日酔ってるということに慣れること。

次に、いやあ最近酔ってないなあとほくそ笑むこと。

マズローとか、なんとかの5段階とかありますが、

あれって不可逆なんですかね。

あるいは飛び級みたいなのってないんですかね。

悲嘆の4段階とかもあった気がする。

いまそれ。

故人への怒りってのもあってまさにそれ。

怒ってます。

が、しかし、いいものじゃないね。

むしろ怒ってるほうが嫌ですね。

嫌なんだけど、でも怒っちゃうんだから仕方ない。

嘘だったんだなとか騙されてるなとか、

家が近くの人からご飯誘われててどうしようかなって言いながらすぐにLINE返してたくせして、こっちは只管に無視かよとか、

仕事終わりに毎晩合コンですか、お盛んですねえとか、

エリートサラリーマンにお持ち帰られて朝までですか、お元気ですこと、道長もマッツァオなくらい謳歌してますわいな、

等と陰陰滅滅と悶え苦しんでます。

あんまり暗くて湿度が高いので私の岩みてえなケツの下にダンゴムシとかゲジゲジがいると思う。

あんまり長くジメジメしてるので苔とか黴とか生えてると思う。

だから駄目なんだよ。

駄目だからって死ぬことはない、と他人には言っても自分には思えませんね。

死んじゃえよーって思ってます。

死なないねなかなか。

とか言って轢かれて死んだりしてね。

福島で生きてるよりも交通事故で死ぬほうが確率が高いから、福島は安全だし交通事故は危険とかいうスローガンが蔓延しててそれに対して村上春樹がまともなことを言ってましたね。

ありゃあまともだった。

 

なんか段々と馬鹿に磨きがかかって、

なにかがあって、それのために「死のう」とグズグズしてたはずなのに、

今は全ての結論が一択になってる気がする。

解決のための自死じゃなくて、自死自体が目的化してる。

少なくともそういう物言いになってる。

いくら楽しくなくても、ちょっとそれはないんじゃないか。

考えて死ねよと、自分に言いたい。

一般的に言って、生きてたらいいことあるよ。

ただお前には無いけどなと自分に言いたい。

いいことっても度合いが広うござんす。

エリートサラリーマンになって平日の夜に好きな人をハメ転がすなんて良い機会は訪れない。

だから死ぬなんて馬鹿な話はないにせよ。

 

火の鳥』の一巻の鼻を咥えるやつエロいよね。

ハナチオと誰かがきっと名づけてるはず。

 

宴会から出るように

よくもまあ毎日毎日来る日も来る日も自殺がどうのとか死にたいとか書いてられるなと呆れますが、

たまに自分でもそれにうんざりする時があって、

さて一念発起と死にたいのを止めるために食ってみようとけっこう一日食い続けてましたが、

最初は調子よく食えるんです。

でもマズイのはだめね。

回転寿司は食えなかった。

食ったけど砂を噛むようでこんな味気ないのはまるで仕事だ。

食い続けてたけど胃が痛くはならなかったのは、歌舞伎を見てないからでしょう。

今朝は痛かったけどね。

 

リア充してる友達からキャンプに誘われたんですよ。

不参加ですけど。

いや行きたいよ。行って金に物を言わせてわーきゃーしたいッス。

社会人にないという新しい出会いってやつ、してみたいッス。

でもさすげえのな、みんな土日休みだってよ。

階級が違うよ。

恐れ多いよ。カシコミカシコミ。

昔の恋人に会って、就活の話とか聞いてたら絶対に土日休みの仕事にする、休みが合わないなんて考えられない、と賢かった。

階級を落とさずに頑張って欲しい。

あるいは同じように不幸になろう。

 

分かってるからほんというと全てが階級のせいじゃなくて、

大部分が本人の魅力のせいだ。

時間の都合をつけるまでもねえってこった。

テケレッツノパ。

私が誘ってた人は無視することを覚えましたよ。

SNS時代のコミュニケーション能力開眼。

私とだけは時間の都合をつけてくれないという特別待遇なんてもんじゃなく、

どうでもいい枠にじっぱひとからげ。

悲しいけどそれも飽きた。